徳弘賢人 / Kento Tokuhiro
属性
Vice President,Vehicle Engineering
中学・高校では電子工作とマイコンプログラミングに明け暮れる日々を過ごし、学部時代はアルバイトやインターンで MLOps の基盤開発や組み込みシステムの開発など、ITに関連する広い領域で業務を経験しました。様々なプロダクトと事業に触れていく中で、「とてつもなく大きな課題に挑戦したい、そして事業として成り立たせたい」と思うようになりました。
2021年の10月に、Turingという会社との素晴らしい出会いがありました。創業してまだ何もない頃から「完全自動運転車の開発」と「We Overtake Tesla」を本気で成し遂げようと努力するメンバーが続々と集まっていく様子に感動し、Joinすることを決意しました。正社員・インターン生ともに頼もしいメンバーに囲まれながらとても面白く挑戦的なプロダクト開発をしています。
在学中に覗いたスタートアップの世界いつも興味の赴くまま挑戦の連続だったスタートアップを知るキッカケはAidemyでのインターンYahoo Japan、BizReachや拡大期のスタートアップで学んだこと環境選びで気をつけていたこと山本一成さんとの出会いTuringについて手伝ってほしいの一言がジョインのキッカケに通常のキャリアでは積むことのできない経験を求めてゼロから車両を開発する難しさ車の開発にはさまざまな才能が必要ですつながりましょう
在学中に覗いたスタートアップの世界
ーー徳弘さんと話していて驚くのは、経験している業務範囲の広さや深さです。今までどんなご経験をされてきたのでしょうか?

いつも興味の赴くまま挑戦の連続だった
中学生の時から趣味で電子工作、マイコン、プログラミングなど何もOSが入っていない基板を動かして何かをすることに没頭していました。どんな動きをするのかその理由は何かを日々探求しており、学術書や発信された記事を読み込んでいたんです。知れば知るほど、深いレイヤーを知っていくには物理学の理解が必要だとわかり、電気通信大学にて物理工学を学びました。
スタートアップを知るキッカケはAidemyでのインターン
ーー学生時代からハードウェアに触れていたのですね。そこからスタートアップやソフトウェアの世界に入るキッカケはなんだったのでしょうか?
スタートアップに接点を持ったキッカケはAidemyでのインターンです。謎のAIスタートアップの社長が「Twitterで飯をおごる!」と言っていて焼肉を食べにいきました。そこで石川さんに「機械学習をやってみないか?」とインターンに誘われたのです。
最初はAI教育コンテンツの制作や専門書を噛み砕いて説明する仕事をしていましたが、会社がWebへの展開を本格化させることになり、Webのバックエンド開発をやるようになります。人手が足りないという問題もあり、手をあげれば挑戦できる状態でした。率先して手を動かし、インフラやセキュリティーなど含め、サービスをカタチにするためにあらゆることを進めました。バックエンド開発から、自動デプロイ、CICDで開発効率をあげるなどの経験を積み、大学2年生の時にAidemyのインターンを終えます。そこからサマーインターンで別の会社に参加し、ソフトウェアの高速化、アルゴリズム、CPUの高速化をつきつめる経験を積みました。CPUの性能を限界まで引き出したり、計算処理をGPUに逃がして負荷を抑えるというような低レイヤーの経験を積めたのは貴重な経験でした。
Yahoo Japan、BizReachや拡大期のスタートアップで学んだこと
大学3年生から修士1年生の間はYahoo JapanやBizReachでインターンをしました。メガベンチャーや急拡大組織での経験に興味があり、大きな組織を動かす力学やコミュニケーションなどを吸収したかったのです。BizReachではSRE部隊で2ヶ月フルタイムインターンをし、スクラムの開発プロセスを学んだり、組織で物事を改善するプロセスを経験したりしました。本で学んだ開発手法がビジネスの現場でいかに使用され、どんな効果を発揮するかを体得していけたのは今のTuringでの開発に大きく活かされています。
環境選びで気をつけていたこと
ーー学生時代にさまざまな環境で経験を積まれていたのですね。スタートアップからメガベンチャー、大企業まで幅広く戦略的に選ばれていた印象なのですが、どんな軸で環境を選んでいたのでしょうか?
環境選びでこだわっていたことは正直特にありません。キャリアやスキル観点での戦略性なども考えていませんでした。面白そうと思ったところに声をかけるというスタンスで、その基準は、やったことがあるかないかの軸だったと思います。
Aidemyではバックエンドやインフラの開発、その後は低レイヤー領域などです。周りに経験者が少ないことは需要があると感じていました。人が興味を持たないところに面白みを感じており、感覚的に挑戦する場所を選んでいたと思います。あまり合理性はなく、誰も興味ないなら自分がやるよというスタンスでした。今は、あの時の自分に感謝しており、興味の赴くままに開発を楽しんでよかったと思っています。
山本一成さんとの出会い

山本一成さんとの出会いは大学2年生の時です。山本さんがAidemyを出入りしており、なぜかよく焼肉を奢ってくれました(笑)。話をしている時に、マイクロソフトAzureのクラウドシステムの実装がどうなっているかについて話をしていたら興味を持たれ、連絡をとるようになったのです。
その2~3カ月後に山本さんの親友の山口さんを紹介され、3人のDiscord部屋ができました。よく連絡を取り合い、山本さんの事業のネタ探しを技術調査をするなどして手伝っていたのを覚えています。
Turingについて
ーーそこからTuringにジョインしたキッカケはなんだったのでしょうか?
手伝ってほしいの一言がジョインのキッカケに
2021年の10月に山本さんから「会社を作った」という連絡が来ました。お祝いも兼ねて会社に訪問したり、話を聞きにいたりするうちに「何か作るのを手伝ってほしい」と言われ、Turingのプロジェクトに巻き込まれていきました。インターンとして働くことになり、塩塚さん、三輪さんと一緒に開発を進めました。その後、2022年の4月に正社員になります。
通常のキャリアでは積むことのできない経験を求めて
よく、なぜ当時のタイミングでTuringに?と聞かれます。Turingの方向性やミッション、山本さんに惹かれたことはもちろんです。ですが、そもそも「車をゼロからつくる」と言うビジネステーマに出会える機会はなかなかありません。車は数万部品でできており、ハードとソフトが混ざり工学の全ての知識が求められる戦場です。必要な資金、人材、戦略もSaaSやto Cサービスとは異なります。こういう経験はなかなか積めないと思い、やってみようと決断しました。正直、戦略性や合理性があって決めたことではないです。

ーー徳弘さんがTuringで実現していきたいことや、実践していきたいテーマなどはどんなことでしょうか?
テスラをはじめとしたさまざまなプラクティスを参考にして、組織・プロダクトを創り上げていくのが面白いです。Turingを通してやりたいこと、実現したいことは、「令和初の完成車メーカーを目指すこと・サプライヤーや技術がゼロの状態で戦略的に組織を立ち上げ、形にしていくこと・動くものを最短でカタチにしていくこと」です。難易度が高いイシューに日々ワクワクしています。
ゼロから車両を開発する難しさ
車の開発において難しいのは、開発要素・ステークホルダーの多さと、保安基準や車両型式審査と言われる開発車両の法規を理解して開発を進めることです。これから開発能力を身につけていくTuringにおいて、これらのルールを完全に理解しつつ、必要な開発能力を段階的に身につけて行かなければなりません。
われわれは完成車メーカーになることを目指しており、今後はパートナー企業さまの開拓や連携も必要になってきます。それらを事業戦略やPL/BSとアラインメントしていきつつ、優先順位を決めて戦略的に身につけていく必要があるのです。
今後100台規模の生産や、1万台以上規模の量産化へと進むうえでTuringがどうやって完成車メーカーになっていくのか、その行く末を最初から見定められるのはこれ以上ない経験だと感じています。
車の開発にはさまざまな才能が必要です
車は工学最高峰のプロダクトであり、さまざまな技術の結集体です。ソフト・ハード問わずさまざまな人材や才能が必要であり、それらが有機的につながっていく必要があります。他では決してできない稀有な経験を積める機会であり、Turingは日本や世界の車業界の歴史に名を刻めるポテンシャルを持っていると個人的に感じています。もしも少しでも興味をお持ちいただけた方はぜひお話しましょう。TwitterのDMや弊社求人などでご連絡をお待ちしています。
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